第１４話　つまり、結局はノープランでございますね？

　やれやれ、と紅茶を一口含む。んっ、と思わず目を見開いた。

「あらっ！ これ、とても美味しいわねっ！」

「お気に召しましたか」

「いつもと違う味ね」

　瞼を閉じて、イヅルは一礼する。

「開発された、新ブレンドでございます。茶葉はシーズンごとに、品質が安定しませんので難航いたしました。が、ようやくお試しいただけるところまで。シャーデフロイ家の名を冠するブランドとしては、一切の妥協は出来ません」

「そうなのよね。貴族としての格式と、商売の両立は難しいものですわ」

　お金稼ぎにも、格好つけないといけないのも窮屈ですわね。

　まあ、それはさておき。本題に戻る。

「いいですこと。わたくしが期待する、“本性”というのは、皆が夜闇に怯え、動揺するということですわよ」

「ほほう？」

「でも、わたくしだけが冷酷非情に振舞えば、殿下も『なんと非人間的な！ こんな女と婚約継続できるか！』と、ドン引きすること間違いなし！」

「はいはい。実に素晴らしい作戦ですね。夜闇に怯える、か弱い学生が大勢いれば、きっと成功することでしょう」

　……どうしてかしら。全然、同意されてない気がする。

「それで？ 具体的には、どのように演じられるおつもりで？」

「ふふん、よくぞ聞いてくれたわ、イヅル！」

　立ち上がり、壁の人物相関図をピシッと指示棒で指す。示された似顔絵は――。

「まず、ターゲットは当然！ あの太陽みたいに眩しくて、なんだか子犬のように鬱陶しい、ルチア男爵令嬢よ！」

「また、あの方でございますか。……少々、食傷気味では？」

「うるさいわね！ あの子を悲しませるのが、一番殿下の心を抉るのだから仕方ないでしょう！？（たぶん）」

　わたくしは、計画を滔々と語り始める。

「夜の森では、何が起きてもおかしくありませんわ。例えば、そう！ ルチアが、木の根に足を取られ、派手に転んでしまうとかね」

「ええ、いかにもありそうなことですね」

「周りの令嬢たちは、きっと『まあ大変！』と駆け寄るでしょう。でも、わたくしは違う！ こう言い放つのですわ！ 『まあ、みっともない。育ちが悪いから、無様を晒すのね』と！」

「おお、なんと冷酷な。悪魔もかくや、でございますね」

「さらに！ ルチアが泣き出してしまったら『うるさいですわね。あなたの涙は、課題を妨げる騒音でしかありませんのよ』と、追い打ちをかけて差し上げるわ！」

　どう？ 我ながら、悪辣非道な悪女っぷりじゃないかしら！

　しかし、イヅルは、わざとらしく考えるような素振りで、顎に手を添えた。

「ふむ。確かに素晴らしい脚本ですが、一つ、致命的な懸念点が」

「なにかしら？」

「その計画。ルチア様が転んでくださらなければ、始まりませんが。その点はいかがお考えで？」

「……え？」

　言われてみれば、そうだったわ！ あの娘、ちゃんと転んでくれるかしら？

「な、なんですの、そんなこと百も承知ですわ！ ええと、その……わたくしの魔力で、足元の蔓を操って！」

「ほう。懐いてくる幼気なルチア様を、魔術を使ってまで転ばせると？ 夜闇の中、とっさに？ さすが、シャーデフロイの魔女と恐れられるだけありますね。感服いたしました」

「うっ！ ……作戦ですもの！ 悪役とは、非情であるべきなのよ！」

　しどろもどろになる、わたくし。

　植物を繊細に操るなんて、けっこう大変。力加減を誤って、怪我をさせたらどうしましょう……。

「しかし。気を付けるべきは、むしろお嬢様の方なのではありませんか？」

「なんですって！？」

「いえ、ね。何せ、今回の舞台は宵闇の森。お嬢様が苦手とする、羽の生えた虫も、足の多い虫も、わんさとお出迎えしてくださるでしょうから」

「〜〜〜〜っ！！」

「おや、もしや怖気づかれましたか？」

　にっこりと微笑むイヅル。「どうせ、お嬢様が虫に驚いて転ぶ方が先でしょう」と、はっきり書いてあるわ！

「くっ！ 見てなさい、イヅル！ このわたくしが怖気づくですって？ とんでもない！ むしろ、あの浮かれた方々を恐怖のどん底に叩き込み――」

　用意されていた実習用の革エプロンを、むんずと掴むと、決意を新たにする。

「今度こそ、バージル殿下から婚約破棄を引き出してみせますわ！」

　ふんっと鼻息荒くする。そんなわたくしを見て、イヅルは心底楽しそうに笑うの。

「ええ。きっと、素晴らしいナイトショーとなることでしょうね。――栄光ある主演女優は、いつだって、わたくしめの想像を超えてくださるものですから」

　なんだか不吉な予言のように聞こえたのは、きっと、気のせいよね？

　ええ、気のせいに決まっているわ！